映画祭レポート⑩/マスタークラス 和田淳「それじゃ見えないよ」

 映画祭2日目、当映画祭で短編コンペティション部門審査員を務める、アニメーション作家の和田淳によるマスタークラス「それじゃ見えないよ」が開催された。
 

 
 和田は大学時代にアニメーション制作を開始し、「間」と「気持ちいい動き」をテーマに現在まで制作を続けている。当時、大学にはアニメーションを学ぶ環境がなく、独学で作品を制作。アニメーションを作るというよりは、自分が描いた絵を時間軸上に配置して動きをつけるというスタイルだった。
 
 制作においては自身の独特な感覚(フェチズム)をどう取り入れるかを大切している。「僕の用いる画風・手法・スタイルは15年以上変わっておらず、周りの方から見れば、マンネリだと思われるかもしれない」そうだが、なぜスタイルを長年変えることなく貫くようになったのか。そこには、彼の人生に大きな影響を与えた二人の人物が関わっている。
 一人目はお笑い芸人の松本人志。彼のコントに存在する独特な「間」を、自分で表現することを目指しているという。二人目は「銀河鉄道の夜」(1934)などで有名な詩人・童話作家の宮沢賢治で、死や童話をモチーフとした作品の在り方に大きな影響を受けた。読み手によって内容の受け取り方が異なる懐の深さや言葉選びの巧みさから、こんな作品を作りたいと感じるようになったそうだ。
 「一生追いつくことのできない神様の様な存在であり、一生取り組むべき課題」であるこの二人の人物から受けたインスパイアが、今現在のスタイルにつながっている。
 
 また、制作におけるキーワードに、「余韻」と「予感」がある。「余韻」は音が消えた瞬間の響き、そして「予感」は何かが起きる前触れを意味するが、さらに「余韻」の「余」は見た人に考える余地を与え、「予感」の「予」は見る人に「何かありそう」と想像させるものであり、和田の作品の魅力に大きく関わっている。
 

 
 「気持ちのいい動き」から作品を作ることについて、作品を作り始める際、話の内容からではなく、キャラクターにどういう動きをさせるかをまずイメージするとのこと。これは、単に「気持ちのいい動き」を見せるためだけではなく、個人的に感じた気持ちよさが、人としての根源的な気持ちよさに通じていると信じているからだ。そこから、動きに「余韻」「予感」「謎」といった要素を加え、作品として構築していく。
 また、特に決められた枠の中で描いたものに対し、見る人が画面外にある作品のイメージをつかんでもらうことを大切にしているのだという。「ストーリーは重要な要素の一つでしかなく、ストーリーだけを追っているだけでは見えないものがある。なぜなら、動く・動かすことを見せることにアニメーションの面白さがあると考えているから」
 

 
 今後の展望として、儀式をモチーフとした新作を計画しており、1年後には発表したいとのこと。完成を楽しみに待ちたい。