映画祭レポート⑤/メイキング・トーク『The Wolf House』

 映画祭最終日、長編コンペティション部門ノミネート作品『The Wolf House』の上映と、監督の一人であるクリストバル・レオンによるメイキング・トークが開催された。
 

 
 『The Wolf House』は、隔絶された村を逃れチリ南部の家へ逃げ込んだ女性マリアを主人公に、2匹の豚との出会いと悪夢的な世界を、パペットや絵画をミックスする手法で表現した作品だ。チリ出身のレオン監督は共同監督のホアキン・コシーニャとともに、チリ国内で絵画や彫刻を用いたコマ撮りアニメーションを制作している。チリでは現在、社会的な不平等への不満を訴えるデモが頻発。これを政府が暴力によって排除しており、ホアキン監督もゴム弾で撃たれたという。「こうしたチリの状況を知って、他の人に伝えてもらいたい」と切実な思いを伝えた。
 

La Casa Lobo / The Wolf House OFFICIAL TRAILER from Diluvio on Vimeo.

 
 本作品は、1961年にドイツ人のパウル・シェーファー・シュナイダーによって設立されたチリ南部のコロニーで起きた、実際の事件をモチーフとしている。このコロニーは「尊厳」を意味する”コロニア・ディグニア”という名であったが、皮肉にも殺人、拷問、性的暴行で溢れていた。ところがコロニーは外部への宣伝のために、写真集や記録映画を用いて素晴らしいイメージを提示しようとしていたのだ。これを知ったクリストバル監督は「もし支配者のシェファーがウォルト・ディズニー風の宣伝物を作ったらどうなるか」と考え、制作のきっかけになったという。
 
 作りたいイメージは 25〜30 枚程度の絵コンテにまとめられたが、一方で映画が絵コンテから変容することを望んでいた。そのため、制作過程では自らに 10 のルールを課した。「普通の人形は使わない」、「色は象徴的に使う」、「主人公マリアは美しく描く」などだ。
 

 
 クリストバル監督とコシーニャ監督は、ビジュアル・アーティストとして美術館でも活動している。二人はアルゼンチンやメキシコでレジデント・アーティストとしてスタジオセットを作り、制作過程を展示の一環として観客に公開することで、そのキャリアを両立するかたちで制作を行った。「セットは映画と同じくらい大切。観客とシェアし、映画制作の混沌もわかって欲しい」との思いで制作を進め、結果的に5 年分のスタジオ代がかからずに済んだり、作品の一部をアートワークとして販売し制作費に充てるといった、意外な副産物についても明かされた。
 
 こうした制作のやり方により、レオン監督はラテンアメリカ流、チリ流のおとぎ話を表現した。本人曰く、それは「アメリカではディズニー、日本では宮崎駿」が表現しているものであり、ラテンアメリカらしいワイルドさや、チリに根付く政治的な恐怖という現実が盛り込まれる形となった。
 
 終盤、客席から「作中に登場する狼は権力や圧力を表現しているのか」との質問があり、これには「おとぎ話と政治的ホラーの交差点を作りたかった」そうだ。プログラムを通して、芸術性と政治性を高いレベルで両立する監督のこだわりが垣間見え、満席の会場は大きな盛り上がりを見せた。