映画祭レポート①/マスタークラス チョン・ダヒ「夢想家もまた夢見られている」

 映画祭期間中、トークプログラムを中心に取材してくださったボランティアライターたちによるレポートが続々集まってきましたので、本日より順次公開していきます!開催日に関わらず順不同となりますのでご了承くださいませ。
トップバッターは審査員としても参加してくださった、韓国のアニメーション作家であるチョン・ダヒさんのマスタークラスです!
 
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 映画祭最終日、韓国出身のアニメーション作家であるチョン・ダヒの特集上映とトークからなるマスタークラス「夢想家もまた夢見られている」が開催された。
 
着席左から通訳、チョン・ダヒ、チェ・ユジン(韓国アニメーション協会)
 
 「アニメーションとは、空っぽの空間に、目に見える世界を創ることだと思います。その世界は目には見えても、手でつかむことは出来ない。何もない空間に幽霊のようなイメージがしばらくとどまり、過ぎ去っていく光の投射を通じて、心の投影が行われる。アニメーションとは何か、という質問へ、それが私の考えた答えです」-。
 
 数多くの受賞歴を持ち、本映画祭で長編と学生コンペティション部門の審査員を務めた韓国出身のダヒは、作品の「構造」を追求することを制作の大きな動機に掲げる作家だ。このプログラムでは自身の短編7本を上映し、それぞれの背景を詳細に解説。会場を埋めた満員の観客が興味深く話を聞いた。
 
 小さいころから絵を描くことが好きだったというダヒ。ソウルの弘益大で視覚デザインを専攻する授業を通じて初めて海外の短編アニメーションを鑑賞し、特にリプチンスキー監督の短編『タンゴ』を「たった一つの部屋に何人もの人々が登場し、生と死の間でさまざまな行為を繰り返す様を見せる。初めて観た時の衝撃は忘れられない」と振り返る。卒業後に韓国の広告アニメーション会社に就職し、仕事を通じて映像技術を学ぶが、あまりの激務のため退職し、パリの国立高等装飾美術学校へ留学。アニメーションの修士号を取得した。
 

 
 アニメーション作りに当たっては「見慣れた映像表現をすべて避け、根本的な答えを見つけようと思ってきた」という。留学先で初めて作った『黒い部屋』(2011年)は現在、アニメーション作家たちのレジデンスとなっているフォントヴロー修道院を表現する課題で取り組んだもの。「かつては同性愛者を幽閉するなど、何世紀も人々を閉じ込めてきた建物。ここを映画館のように表現できると思いました。窓から差し込む光は映写機が放つ光のようであり、中に閉じ込められた人々は、映画館で自発的に拘束された観客と同じ。上映する空間とは、画面とは、そこに光で放たれたイメージとは、それに向き合う観客とは何なのかを問いかけた。私の出発点となりました」
 
 アヌシー国際アニメーション映画祭短編部門でグランプリとなった『Man On The Chair』(2014年)では、「目に見えているこの世界は本当に存在しているのか」という幼いころからの疑問を膨らませ、絵の中の男が自身の存在について悩む姿を描いた。広島国際アニメーションフェスティバルのグランプリ作品『The Empty』(2016年)は、女性の体と思っていたイメージが空き部屋へと変わり、開閉するはずのドアが固定されて壁の方が動く。空間が内側と外側に反転し続け、観客の視座も揺らいで映画の中に入り込むような感覚にとらわれる。
 

Man on the chair Trailer from Jeong dahee on Vimeo.

 
 「固定されていると信じられてきた事が覆されるのが好き」というダヒさんの作品には、黒い画面が時折現れる。それは「私たちが一緒に映画館の中に居ることを感じさせてくれる、大好きな瞬間」という。『The Empty』も、ほこりで編んだセーターを着る場面で一瞬真っ暗になる。「(観客の)みんながほこりのセーターを着ることになるわけです」と説明する。
 

THE EMPTY trailer from Jeong dahee on Vimeo.

 
 最新作『Movements』(2019年)は、速度への関心がテーマ。ゆっくり歩く樹木の老人やせわしないイヌなどが異なるスピードで移動し、テレビ番組のギャグにそれぞれのタイミングで反応する。「多くの物事は相対的だと思います。一日に2秒ずつ描いて作りましたが、韓国の監督たちは『あまりにも遅い』と言い、欧州やカナダの人たちには『速すぎる』と言われました。日本の作り手さんなら何と言うか、気になります」と笑った。
 

움직임의 사전 Movements trailer from Jeong dahee on Vimeo.

 

 
 どの作品も、ノートにアイデアを書き込んで3~5年も熟考を重ねて作ったものという。ユニークな着想を誠実に解説するダヒさんに対する質疑応答では挙手があまりにも多く、質問者をじゃんけんで決めるほどの人気ぶりだった。